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出羽国 最上東根城主 里見家供養塔は、和歌山県高野山奥の院28町石北西にある。
当地の案内木柱には、「羽州最上里見家墓所」と書かれており、「高野山奥の院の墓碑をたずねて」には、出羽国里見薩摩家供養塔」と記されている。
五輪塔(高さ約280cm)の手前には、案内石柱が建立されており、
「出羽國最上東根城主
里見薩摩守景佐墓所」
と刻されている。
五輪塔地輪には、次のように刻されている。
出羽国最(異体字)上内東根
前薩摩守□景佐
(梵字)爲雪山寒公居士菩提
施主同東根源衛門親繁 立之
元和六年十二月廿四日
里見景佐(かげより)は、最上義光の家臣で、東根景佐、里見薩摩、源右衛門とも呼ばれた。
天正9年(1581)に東根城主となっている。
息子の親宜は、最上家親から偏諱を賜り、最上義光の娘 禧久姫を娶るなど、主君から重臣として処遇された。
元和6年(1620)12月24日没。法名「劫外院殿雪山寒公大居士」。

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