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藤原俊成卿像は、愛知県蒲郡市の俊成苑にある。
銅像横の案内板には、次のように記されている。
藤原俊成卿像
この像は、平安時代に三河の国司として蒲郡の竹谷、蒲形地区を開発したといわれる藤原俊成卿の像である。
俊成が国司をつとめたのは、久安元年(一一四五)十二月から久安五年(一一四九)四月まで、俊成が三十二歳から三十六歳までの間、藤原顕広と名のっていたころである。
俊成は、三河湾に面して温暖な景勝地の当地を好み、当時クスの木などが群生していた荒地の開発等をおしすすめて蒲郡の礎を築いたといわれている。
俊成が開発成就を願って琵琶湖竹生島から勧請したという俊成ゆかりの竹島は、現在蒲郡のシンボルとなっている。
俊成は、歌人としてもすぐれ、千載和歌集の撰者として知られており、鎌倉時代の代表的歌人、藤原定家の実父で、平安時代末期から鎌倉時代初期における業績は現在でも高く評価されている。
この銅像建立は、蒲郡開発の祖ともいえる俊成を通じて、広く一般に郷土歴史の理解を深め、文化の高揚をはかろうとするものである。
この像は、日本彫刻界の重鎮、文化勲章受章者・日本芸術院会員の富永直樹先生の制作である。
この「藤原俊成卿像」が、広く市民に親しまれて、ふるさとの歴史・文化発展の誘因となることを願うものである。
平成三年四月二十八日
蒲郡市
JR蒲郡駅の東には、藤原俊成伝承地 涼みが杜の石碑がある。

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