学文路天満宮 一の鳥居(石造春日鳥居)
学文路天満宮 一の鳥居は、和歌山県橋本市学文路天満宮の北側にある。
高さ20尺(約6m)鳥居の二本柱には次のように刻されている。
北西側 明感如水之分千月
北東側 靈鑒佀鏡之寫萬形
南東側 大阪市 松井伊助 / 松永定一 建之
南西側 惟時 大正八年九月二十五日 (以下略)
北側の各銘文は、次のとおりである。
「千月(ちげつ)を分かつ水の如き明感を覚ゆ、
霊眼(れいがん)にて鑑みるに萬形(まんぎょう)を寫(うつす)に似たり」
意味
数多の月のかけらを散りばめて流れ行く紀ノ川の水は、清らかでまことに美しい。
邪念がなく、すべてをありのままに写す明鏡のように思える。
けれど、いかに明鏡であっても物の裏までは写せない。目の届かないところが必ずあるものだ。
有り難いことに、神の霊眼(神鏡)は、この世に満ち満ちており、すべての裏表はお見通しなのだ。
人は日々、正直さと真心を大切に暮らす努力をすべきだ。
松井伊助(1865-1931)は、橋本市清水出身の実業家で、相場師として活躍し「北濱の今太閤」と呼ばれ、旧和歌山銀行の社長を務めた。
また和歌山市の六三園(国登録文化財 「旧松井家別邸」)を造った。社皇神社の補修にも尽力している。
松永定一は、米相場に秀でた相場師で、清水小学校体育館を建立している。

TOP PAGE 観光カレンダー
TOP PAGE 观光最佳时期