駒形大重神社

駒形大重神社は、奈良県御所市にある。
当社は古くから「大重神社」と「駒形神社」という別々の神社として鎮座していたが、諸般の事情により明治41年(1908)に、大重神社を駒形神社へと合併奉祀したため、「駒形大重神社」と改称された。
同時期に、神社境内には、春日神社、市杵島比売神社、八幡神社、神明神社、琴平神社の五社が鎮座している。

駒形神社の祭神と由緒
祭神は、駒形神(こまがたのかみ)(木股(きまた)の神)で、木の神、水の神、安産の神といわれる。

創立年代は不詳であるが、昔から当地ではこの山林を駒形山といい、祭神を木股様として崇敬してきた。
木股(木俣)は、「このまた」とも読むことから「こまがた」と転化したものとも考えられている。
祭神の「木股の神」は、因幡の白兎伝説で知られる大国主命と八上比売(やがみひめ)の子神で、別名を「御井の神」とも呼ぶことから、木の神、水の神、安産の神として崇敬されている。

大重神社の祭神と由緒
祭神は、滋野貞主命(しげのさだぬしのみこと)で、家内安全、学業成就、良縁成就の神といわれる。
また、大倉下照姫命(おおくらしたてるひめのみこと)も祀られており、穀物の神として知られる。

大重神社は、延喜式式内社で、「大和名所図会」にも葛木大重神社として掲載されており、シゲノサンともよばれている。
「大和志料は、「新抄格勅符抄」に「葛木犬養神」とあることから、大重は犬養の誤写で、「日本書紀」皇極天皇三年一月条にみえる葛城雅犬養連網田(645年の乙巳の変で、中大兄皇子から蘇我入鹿の暗殺を命じられた人物)らの祖神を祀った神社であろうともいわれる。
一方、穀物の神である「大倉下照姫命」を祀る「大倉神社」が「大重」と変化したという説や、大重は八重、火雷の誤写との説(神名帳考証)もある。

「滋野貞主(785-852)」は、平安時代初期に活躍した漢詩人である。
奈良時代の有名な儒学者で、当地楢原出身の楢原東人(ならはらのあずまひと)の曽孫にあたり、滋野という姓は祭神の父 家訳(いえおさ)が桓武天皇から賜ったことに由来する。
貞主公は、仁明天皇の皇太子時代「学士」として家庭教師に選ばれるなど特に学問に秀でており、「経国集(漢詩文集)」二十巻を編纂し、日本最古の百科事典といわれる一千巻の書物「秘府略」を撰集したことでも知られる。



TOP PAGE  観光カレンダー
TOP PAGE  观光最佳时期(旅游日历)