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尾上松之助像は、京都市左京区鴨川公園葵地区にある。
台石の裏面には、次のように記されている。
碑文
尾上松之助(本名 中村鶴三)氏は、「目玉の松ちゃん」の愛称で親しまれた時代劇俳優の先駆者であった。
この像は氏が社会の福祉につくされた数々の功績をたたえるとともに、その精神である平和な社会を念願して建造したものである。
昭和41年2月
京都府知事 蜷川虎三
尾上松之助(1875-1926)は、活動写真時代の映画俳優である。
明治8年岡山池田藩の下級武士の子に生まれた。近所に「旭座」という上方歌舞伎の芝居小屋があり、幼いころから遊芸に親しんでいた。
歌舞伎俳優を志して舞台に立ち明治37年(1904)に「二代目尾上松之助」を襲名した。その後、巡業中に映画監督 牧野省三に見いだされて、牧野が経営する京都の「千本座」に招かれた。
明治42年(1909)牧野監督の映画「碁盤忠信・源氏礎」に初出演。以降は、忍術映画、豪傑物、侠客物などで主役を演じ、大きな目をむいての大見得が魅力となり、「目玉の松ちゃん」の愛称で親しまれた。
大正12年11月関東大震災罹災者への慰安劇に対し、永田秀次郎東京市長から感謝状を受けたほか、学校や社会福祉事業に多くの寄付をしている。
昭和元年9月、心臓病のため52歳で死去した。
出演作品数が1,000本を超えるという記録を持ち、日本映画俳優史に欠かせぬ人物である。
代表作に「豪傑児雷也(じらいや)」(1921)、荒木又右衛門(またえもん)」(1925)、「忠臣蔵」(1926)などがある。

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