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信太の森の鏡池は、大阪府和泉市にある。
信太の森は「枕草子」(能因本)に「もりは信太の森」と記されるなど、平安の昔から我が国の代表的な森の一つとして知られ、多くの和歌に詠まれてきた。
中世以降は「葛の葉伝説」の舞台として地域の人々に語り継がれ、演劇、文芸などを通じて有名になった。
伝説では、安倍保名(あべのやすな)が病の妻(葛の葉)の全快と、子宝を願って信太大明神(聖神社)に参籠した際、
池の水面に白狐の姿が映ったので不思議に思い、ふり返ってみたところ、一匹のねずみが猟師に追われ、坂を駆けおりて来るのが見えたという。(この坂はねずみ坂と呼ばれている。)
保名はかわいそうに思い、ねずみを袖に隠して逃がしてやったが、このねずみは負傷した白狐が逃げるために姿を変えていたものだった。
助けてもらった白狐はその後、信太大明神の使いとして、病のため里に戻っていた葛の葉の姿で保名を訪ね、元気な子を授かるとそのまま一緒に暮らしたという。
そして、数年後白狐は我が子に正体を知られてしまい、
恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる
信太の森の うらみ葛の葉
と歌を一首残して姿を消してしまった。
安倍保名は童子と信太の森を訪ね、池の水面に映る葛の葉と最後の別れを惜しんだ。
以来、この池は鏡池と呼ばれるようになり、保名とともに訪れた童子はその後立派に成長し、陰陽師の祖、天文博士として知られた安倍晴明になったと語られている。
鏡池は「葛の葉伝説」のなかで、白狐と保名の出会いの場として、また童子との「子別れ」の舞台として伝えられてきた。
ちなみに池は聖神社の神域にあり、かつて神社で神事を行う際に身を清める神聖な池であったところから、「手洗池(ちょうずいけ)」とも呼ばれていた。
「信太の森の鏡池」は、「葛の葉伝説」の舞台であるとともに、宗教儀式のうえからも文化的、歴史的に貴重な文化財であることから、平成9年(1997)和泉市史跡に指定された。
竹田出雲作の時代物浄瑠璃「蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」は、古浄瑠璃の「信太妻(しのだづま)」に材をとり、「葛の葉伝説」を物語化したもので、
当地の案内板でも三代歌川国貞が蘆屋道満大内鑑の場面を描いた絵が紹介されており、浄瑠璃では次のように語られる。
あべのどうじが母上の(中略)こひしくは尋ネこいとのことのはに。書捨たるをかたみ共。
それをしるべにくずのはは。保名諸共諸袖に。ほだしのたねの。いとし子を。すかしいざなひいづみ成。しのだのもりへと。こころざし。(後略)
(新日本古典文学大系93 竹田出雲 並木宗輔 浄瑠璃集 蘆屋道満大内鑑 第四「保名住家の段」参照)

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