天保義民碑

天保義民碑は、滋賀県野洲市にある。
当地の案内板には、次のように記されている。

   保民祠と天保義民碑の由来
 この保民祠と天保義民碑は、天保十三年(一八四二年)当地で起こった天保一揆の犠牲者を顕彰し、その義挙の精神をいつまでも後世に伝え、義民の遺徳を偲ぶために、
保民祠は明治二十六年(一八九三年)に、天保義民碑は明治二十八年(一八九五年)に建立されたもので、保民祠は旧祠が損壊甚だしいため、平成四年(一九九二年)に旧祠と同様式で新築したものである。
 天保一揆は、幕府役人が五尺八寸(百七十六センチメートル)の間竿に六尺一寸(百八十二センチメートル)の目盛りをして、公然と不正検地によって年貢増徴を図ろうとしたことに、野洲、甲賀、栗太四万人の農民が、三上村庄屋土川平兵衛らを指導者として立ち上がったもので、幕府役人に検地を十万日日延べする証文を書かせて一揆は勝利したのである。
 しかし、土川平兵衛らは首謀者として江戸に送られ、過酷な取り調べののち獄死した。
 平成四年(一九九二年)十月、一揆百五十年を記念して保民祠を新築するとともに、その横に土川平兵衛辞世の歌を刻んだ歌碑を建立、五十年後の一揆二百年(二〇四二年)への願いを納めたタイムカプセルを埋設した。
  平成四年十月
    野洲市観光物産協会
    天保義民百五十年顕彰事業実行委員会




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