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善集院は、和歌山県高野山にある。
山門前の案内石碑には、「南山教学祖 宥快法印遺跡 準別格本山 善集院」(ぜんじゅういん)と刻されている。
本尊は、五大明王である。
開基 救世善集房(天禄4年(973)没)は、京都の出身で、少僧都、東寺一長者、高野山座主となった。
草創は延喜21年(921)とされ、定誉(祈親)の遺跡ともいわれる。
中興は高野山教学の大成者である宥快上人である。
宥快上人は、応永13年(1406)当院に隠退し、応永23年7月17日に没し、境内の廟所に葬られた。
以後、毎月17日の忌日には追薦のために修業中の僧侶による三問一講の論席が当院に設けられた。
学道を志す宝性院門中の者には、この善集院での問講が試金石になっていた。
すなわち宝性院門中では、この三問一講を終えて三か年経た者を勧学院学道の新衆に撰挙していたといわれている。
現代では、学道衆は勧学会本会終了後、一臈事の日に当院にある宥快法印の墓前に参拝している。
現在は正智院の管理下にあり、絹本著色八宗論大日如来像一幅(国指定重要文化財)を蔵している。
(大和・紀伊寺院神社大事典参照)

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